木樵
本作の監督である宮﨑政記は岐阜県下呂市で生まれ、'木樵'である父の背中を見て育つ。戦後の復興から東京オリンピック、大阪万博。高度経済成長期を支えた木材の需要は絶頂期を迎えたが、時は流れ、林業は長い不況を迎える。父の跡を継ぐことを断念した宮崎は山を離れ、映画の道を志した。それから30年、宮﨑は父に抱いた憧れを胸に岐阜の山へと帰郷し、父と同じ木樵の兄弟、面家一家・瀧根清司に出会う。彼らの背中を見て育つ若い木樵たち、兄弟の顔に林業不況や人材不足に対する悲壮感など全く無かった。木樵見習いとして過ごして2年、宮崎は彼らの「生き様」を映像に残したいと思い立つ。これはその、記録である。©2021「木樵」製作委員会
